テーマは1972年9月の日中国交正常化に向けての、田中角栄と周恩来のやり取りに関したものであった。まずは、北京の人民大会堂における2回目の首脳会談前日の歓迎夕食会にて、「中国国民に多大な“ご迷惑”をおかけした」という角栄の挨拶が、日中戦争に対して誠意が感じられないと周恩来の怒りを買ったというものである。興味深かったのは周恩来はその後の首脳会談において、日本の外務省を徹底的に非難したが、田中に対しては非難の矛先を向けず、交渉の余地を残したいうものだ。番組の中で、同行した外務省の官僚によると、これは中国がよく利用する交渉の手法であるといったコメントをしている。
さて、尖閣諸島について話を移したい。番組によると、会談時に、尖閣の問題を切り出したのは角栄であったようだ。内容を下記に示す。
田中「尖閣諸島についてどう思うか? 私のところに、いろいろ言ってくる人がいる」。 周 「尖閣諸島問題については、今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」。番組によると、この瞬間に尖閣諸島問題の棚上げが暗黙の内に決まったということである。
ここでいくつか指摘したいことがある。まず、歴史の事実として、
①日本政府は、1895年に現地調査の結果、いずれの国の支配下にもないと確認し、尖閣諸島を日本の領土に編入することを閣議決定している。
②中国政府や台湾政府は、1969年に国連アジア極東経済委員会が尖閣諸島周辺海域に膨大な石油資源が埋蔵されているとの調査結果を公表してから、71年以降から領有権を主張している。
上記の事実から、日中国交正常化において、周恩来はこの問題は棚上げできれば、中国にとって御の字であると思っていたと推測する。むしろ、田中角栄が中国の71年よりの主張を正さなかったことが、今日に至るまで問題が増大させた要因ではなかろうか。
1978年に鄧小平が来日した際にも、日本記者クラブにて同氏は『この問題は棚上げしてもよいと思っている。我々の世代は知恵が足りず、この問題はまとまりません。』とコメントしている。中国にとっては棚上げは戦略でしかなく、日本と対峙できる国力がつくまで交渉の余地を残しただけにすぎない。日本はその戦略に見事にはまったといえよう。
田中角栄は、並外れた行動力と人々を惹きつける魅力を備えた昭和を代表する政治家だったが、日中国交正常化の際に、日本の領有権をきちんと主張せず、中国の不当な要求を正さなかった。角栄の棚上げの結果を称賛する人がいるが、それは全くの誤りで、私はこれは日本人の曖昧な性格を代表する悪い一例であり、この罪は重いと考えている。むしろ、周恩来は角栄が中国に対して何も主張しなかったことに驚いたに違いない。
周恩来が晩餐会のコメントにおいて角栄に噛みついたように、角栄は71年からの尖閣問題における中国の主張を正すべく、テーブルをひっくり返すぐらいの態度を示すべきではなかったのか。中国交正常化を急いでいたのはむしろ中国の方である。
0 件のコメント:
コメントを投稿