2013年1月6日日曜日

尖閣諸島について(田中角栄と周恩来)

年末に日中国交正常化に関するテレビが放送されていた。興味深いテーマだったので、忘れない内に記録に留めたい。

テーマは1972年9月の日中国交正常化に向けての、田中角栄と周恩来のやり取りに関したものであった。まずは、北京の人民大会堂における2回目の首脳会談前日の歓迎夕食会にて、「中国国民に多大な“ご迷惑”をおかけした」という角栄の挨拶が、日中戦争に対して誠意が感じられないと周恩来の怒りを買ったというものである。興味深かったのは周恩来はその後の首脳会談において、日本の外務省を徹底的に非難したが、田中に対しては非難の矛先を向けず、交渉の余地を残したいうものだ。番組の中で、同行した外務省の官僚によると、これは中国がよく利用する交渉の手法であるといったコメントをしている。

さて、尖閣諸島について話を移したい。番組によると、会談時に、尖閣の問題を切り出したのは角栄であったようだ。内容を下記に示す。

田中「尖閣諸島についてどう思うか? 私のところに、いろいろ言ってくる人がいる」。 周 「尖閣諸島問題については、今、これを話すのはよくない。石油が出るから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」。番組によると、この瞬間に尖閣諸島問題の棚上げが暗黙の内に決まったということである。

ここでいくつか指摘したいことがある。まず、歴史の事実として、

①日本政府は、1895年に現地調査の結果、いずれの国の支配下にもないと確認し、尖閣諸島を日本の領土に編入することを閣議決定している。

②中国政府や台湾政府は、1969年に国連アジア極東経済委員会が尖閣諸島周辺海域に膨大な石油資源が埋蔵されているとの調査結果を公表してから、71年以降から領有権を主張している。

上記の事実から、日中国交正常化において、周恩来はこの問題は棚上げできれば、中国にとって御の字であると思っていたと推測する。むしろ、田中角栄が中国の71年よりの主張を正さなかったことが、今日に至るまで問題が増大させた要因ではなかろうか。

1978年に鄧小平が来日した際にも、日本記者クラブにて同氏は『この問題は棚上げしてもよいと思っている。我々の世代は知恵が足りず、この問題はまとまりません。』とコメントしている。中国にとっては棚上げは戦略でしかなく、日本と対峙できる国力がつくまで交渉の余地を残しただけにすぎない。日本はその戦略に見事にはまったといえよう。

田中角栄は、並外れた行動力と人々を惹きつける魅力を備えた昭和を代表する政治家だったが、日中国交正常化の際に、日本の領有権をきちんと主張せず、中国の不当な要求を正さなかった。角栄の棚上げの結果を称賛する人がいるが、それは全くの誤りで、私はこれは日本人の曖昧な性格を代表する悪い一例であり、この罪は重いと考えている。むしろ、周恩来は角栄が中国に対して何も主張しなかったことに驚いたに違いない。

周恩来が晩餐会のコメントにおいて角栄に噛みついたように、角栄は71年からの尖閣問題における中国の主張を正すべく、テーブルをひっくり返すぐらいの態度を示すべきではなかったのか。中国交正常化を急いでいたのはむしろ中国の方である。
 

日本について(海外との違い)

この度、日本に一時帰国をした際に海外との違いを感じたことが幾つかある。まだ日本を離れて1年しか経っていない私であるが、そのいくつかをご紹介したい。

まず、成田空港に着いて、バスとタクシーを乗り継いで帰宅した際に感じたことは、日本の清潔さと、秩序の素晴らしいところである。おそらく、こんなに道路が綺麗に舗装され、乗り物が静かな国は他にはないだろう。また、東京は人口が多いにも関わらず、車がルールに沿って走行しており、まさに芸術の域に達しているとさえ思った。

ちなみにチュニジアの乗り物は汚れている。理由は道路の舗装が完備されていない、多くの下水が完備されていない等の理由から、数日間で、埃と泥だらけになる。乗り物の音もうるさい。道路事情により車がガタガタと音がなる、混雑の際は、意味のないクラクションならす等色々な理由がある。また、秩序とは無縁と言っていいほど交通マナーが悪い。通勤の際に危険を感じる事はほぼ毎日である。帰国直後の日本の交通事情には本当に感動させられた。

一方で、日本のインフラは、あまりにも完璧すぎて、オーバーコストではないかとさえ感じた。アフリカ帰りの私にとって、道路を見渡す限り、一かけらの欠陥もないのではという印象を受けるほどである。以前、住んでいた米国でさえ、ハイウェイの道はデコボコである。日本におけるこの完璧さは、長い間1リットルあたり50円程度の道路特定財源制度(現在は廃止)の上に成り立っていたのも納得である。ちなみに一度、構築したインフラはメンテ費用が発生する。安部政権は公共事業を中心に5兆円から10兆円の補正財政出動を試みているようだが、人々のニーズに合った、適切なインフラ構築を期待したいものだ。

また、今回の帰国中に、違和感を持ったことは、日本は東アジアの紛争地域に位置しているにも関わらず、まだまだ平和に満ち溢れている国であるということだ。年末・年始におけるお笑い番組や歌番組の多さで見ても、2012年は尖閣諸島や竹島の件で非常事態であったという雰囲気はほとんどない。お笑いを否定するつもりはないが、現実との乖離があるという印象を持たざるを得ない。この国の特有の雰囲気は島国であるが故なのだろうか。それとも戦後、米国に平和憲法を押し付けられ、自らが軍事力を背景に外国と対峙(外交)することを忘れてしまったからなのか。対象的に、隣国の韓国は未だに北朝鮮と戦時中(休戦中)ということを我々は忘れてはならない。

海外においては生きることは戦いであることを強く感じる。2012年は、比較的治安が良いと言われていたチュニジアにおいてさえ、2回の戒厳令を経験した。近所では、アメリカの大使館と、アメリカンスクールがイスラム過激派に集団で襲われ、何台もの車両が焼かれ、建物が損壊した。これは隣国のリビアにおけるアメリカ大使館襲撃に続いて起きた事件である。日常においても、タクシーや店とのネゴや、車の運転など、ほぼ戦いに等しい。油断を見せると付け込まれるのがおちである。

今後、日本においては、安部政権のもとで、憲法改正、集団自衛権の確立等が議論されていくだろう。冷戦は終焉し、昨今は中国の台頭が著しい。米国は日本を守る国力もインセンティブも弱まっている。日本は自らを守る為には真実と向かい合っていくべきではないのか。
 

安倍政権とエネルギー政策

一時帰国からアフリカに戻ってから、アルジェリア人の同僚に日本における政権交代の話をした際に聞かれたことがあった。それは安倍政権のエネルギー政策と、対中国外交政策である。現在、海外の目から見て、この二つの事項が日本における最も興味深いテーマと言っても過言でないだろう。

特に2011年3月の東日本大震災をきっかけとした福島第一原発の事故や、中国との尖閣諸島におけるコンフリクトは日本通でなくても知っている人が多い。まずは、安倍政権のエネルギー政策について考えてみたい。

同僚の質問に対しては、『LDP(自民党)が政権を握ることによって、日本は原発稼働の可能性が増えるだろう』との説明を行ったところ、電力分野の専門家である同氏は『コストの観点からInevitable(避けられない)選択肢と思う。』と理解を示していた。年末のテレビに登場した安倍総理をはじめとした、茂木経済産業相大臣等の関係者の発言を聞く限り、自民党のエネルギー政策は民主党のそれとは異なっているとの印象を受けた。民主党政権下においては、閣僚決定は見送ったものの、2030年代には原発稼働をゼロにするべく検討し、選挙公約(マニフェスト)にもその政策を提示していた。新自民党政権では、原子力規制委員会によって安全性が担保され、立地地域の理解を得られれば、原発の再稼働を行うということのようだ。

但し、どの程度の数の原発の安全性が担保されるか分からず、また、その時期も不透明なので、当面は、代替エネルギーとして、LNG(液化天然ガス)や再生可能エネの導入、省エネの最大限の推進が必要となろう。2030年までに、再生可能エネを現行の1000億キロワット(水力を含む)から、3000億キロワットに増大するという枠組みも、民主党政権下であるものの、政府の方針として確認されているので、電源構成のベストミックスという意味においても、再生可能エネは重要な課題である。また、再生可能エネの導入については、自民党の総合エネルギー政策委員会のウェブ等を見ても肯定をしているようだ。

それでは自民党政権に何を期待するのか。まず、再生エネの導入に欠かせないのが、事業者、受益者とのバランスである。日本の電力事業は総括原価主義であるので、事業のコストは全て消費者に反映される。現在、日本の太陽光の固定価格買取制度は42円/KWhと高額である。私自身もアフリカの数国において太陽光のプロジェクトに関わっているが、USドル20セント(約17円)/KWhを基準としたPPA(電力買取り協定)でも、開発成果(Development Outcome)という観点において、受益者に利益をもたらしていないと非難にさらされることもある。ドイツにおける負担増や失敗例が引き合いにだされることも多い。この日本の買取金額はグローバルスタンダードから見ても、明らかに逸脱をしているといえよう。この多額な買取制度は、メーカーと事業者に対する補助金に過ぎないとも言い換えられる。一刻も早く、価格を改定してほしいと思う。

また、エネルギーの安全保障という観点から、特定のエネルギー源に過度に依存しないという意味で、既存エネルギーのみならず、シェールガス、メタンハイドレイド等の新たな可能性も引続き模索してほしいと思う。そして外交政策と共に新たな枠組み、シベリアのガス田開発や、パイプライン敷設の検討等の可能性を探って欲しい。更には、供給先の分散という意味でも、アフリカにおける、LNG開発や、エタノール開発等を是非実践してほしいものである。アフリカ大陸の2%の土地を利用すれば、アフリカ総人口10億人の為の発電に必要なエタノールを供給可能という説もある。資源が豊富で、土地の利用が可能なアフリカは日本に貢献できる余地は大いにある。少しアフリカの宣伝になってしまったが、是非、安倍政権は新たな時代に向けて、エネルギー政策を構築して欲しい。

2013年1月5日土曜日

安倍政権とその金融政策

2012年12月、アフリカからの一時帰国中に遭遇した2つの出来事がある。叔父との死別と安倍新政権発足である。この二つの事項は直接的には関係ないが、個人的には大いにリンクしている。昭和2年生まれの叔父は山口県の下関市で建設業を営んでいたが、同時に晋三の父である安倍晋太郎の選挙委員長でもあった。所謂、戦後、自民党政権が築きあげてきた土建屋と政治家の構造である。ちなみに、叔父の会社は公共事業の減少とともに10年位前に倒産している。12月19日の叔父の告別式には安倍晋三自民党総裁より献花が捧げられていた。安倍政権発足の1週間前の出来事であった。

さて、安倍新政権の政策の話をしたい。12月26日の政権発足とともにテレビのインタビューを受けていた安倍晋三は、以前よりも落ち着いて、そして、自信があるように見受けられた。安倍政権のプライオリティーは景気回復とのことだ。その為には円高デフレ対策を争点の要に据えているという。更に、日本経済回復の為には、金融政策のみならず、財政政策、そして成長戦略が欠かせないという。

まず、金融政策の点から考えてみたい。安倍政権は、一段の金融緩和を日銀に迫り、名目GDPとして2%程度のインフレターゲット政策を行おうとしている。日本の人口が減少する状況において、金融緩和のみで、インフレ促進がそもそも可能なのだろうかというのが純粋な疑問点である。

ちなみに、評論家の上念司氏によると、日銀がその理論を支援している『人口の減少とデフレの関係性』を統計学的に分析しても、相関関係は少ないという。一方で、通貨発行量とインフレは非常に高い相関関係を示すとのことである。私は、数年前に『デフレの正体(中央公論新社)』という本を読んだことがあるが、実は、デフレとは人口の波の影響されると信じていた。この考えは間違えているのだろうか。正直、謎である。

それでは、一段と金融緩和を加速することによって、インフレがコントロールが出来ない状況に陥らないかというのが懸念として残る。私は2008年末のリーマンショックの時に米国のビジネススクールでファイナンスを学んでいたが、当時、FRB(米国連邦準備制度)が自らのバランスシートを1兆ドルから2兆ドルに急拡大し、市場に流動性をもたらしたのを覚えている。バーナンキ議長は、市場に紙幣をばらまいたことから、『ヘリコプター・ベン』の異名まで与えられていた。ビジネススクールの授業においても、必ずハイパーインフレの反動に襲われだろうとの意見が、クラスの半分以上を占めていた。あれから、4年の歳月がたったが、今のところ、アメリカにおいてインフレが抑制できないという状況には至ってはいない。インフレを抑制し、経済の低下を食い止めたバーナンキ議長の功績は大きいと思う。

何れにせよ、通貨発行量とインフレの高い相関関係は統計的に証明された事実のようだ。また、管理された継続的な金融緩和であれば、ハイパーインフレの懸念は少なそうなので、今回の安倍政権の方針には私も賛成である。ならば、長期金利が急上昇し、国債が暴落することにはならないだろうかというのが更なる疑問であるが、これは景気を回復させ、税収を増やし、財政を安定させることによって、食い止めるしか方策がないのであろうか。税収を増やすために金融緩和を行うという事は理解できるが、財政支出に関してはその懸念が起こらないようなバランスが求められると思う。

昭和の時代を懸命に生きてきた人々が世を去っていく。そして、昭和を築き上げた自民党が、新たな時代とともに、変貌を遂げられるのか。日本が置かれている状況は厳しさを増しているが、安倍政権の動向をアフリカから熱く見守っていきたい。